演出雑記04
2025.10.15

体を動かせ

「私はおもに会話劇が多いです」父と暮せばのオーディションをしていると、よく耳にした。私はその言葉を聞くたびに、まだ芝居を始めたばかりなのに「会話劇」をするんだ。ていうか、会話劇ってなんだ?

私は10年以上ブランクがあるので、ちまたでは会話劇というのが主体になっているのだろうか、勉強しなくてはな・・・

そのあたりは謙虚に受け止めていた。

しかし、「父と暮せば」は体を動かす演劇になった。

ももかさんの回では、正座をして会話するシーンをあえて取り入れたが、そこ意外はとにかく動く動く。父は踊るし、消えるし、飛び跳ねる。美津江は洗濯やら、掃除やらなにやら忙しい。沈黙なんてものは無く、隙間がで出来れば鼻歌を取り入れた。

というか、安定の小菅演出といったとこではありますが。

「父と暮せば」に限っては、台本がいいのだからもっと落ち着いて話せばいいのに、動きすぎ、ごまかしている。と言われる。もしくは思われるんだろうな。と当然理解して役者を動かした。

ここで書き留めておくが、当然そういったご意見が出てくるのは予想の範疇であり、それでもあえて、こういう形にしたとご理解頂きたいと考えている。
(実際はとくにそういった意見はなかったけれど、感じた人いたんじゃないかなと思い書き記す)

それは、ドラマシアターがまだ若いという事だ。

当劇団は若者、または未熟な出演者が多数出演するために、「会話」だけの芝居は作らないという事だ。体を動かして表現すること、それが出来るのは今しかなく、その経験をしなかった俳優らはある程度の位置にいくと動けない、存在感の無い俳優になってしまう。私はそう思っているからです。

当然私は演劇畑の人間ではないけれど、生きて生活していて、身の回りからそれを感じているので、うちはそういうスタイルでやっていこうと思っている。

でもいつか、役者がうごかない「会話」だけの重厚なお芝居、やってみたいね。