ヒロシマ日記3
語り部の迫田さんのお話を聞いたのち、私達は原爆資料館へむかいました。
多くの外国人観光客が入場していて日本人よりも外国人の方が多いのではないかと感じるくらいでした。
原爆資料館がどうであったかは特にここに書くことはないのですが、
私は広島を訪れる前に「決定版 広島原爆写真集 The Collection of Hiroshima Atomic
」を読んできたので、資料館の内容は大体理解する事ができました。
事前に資料の内容などを把握し、自分が理解できなかったことを資料館で見つけて理解するのが良いと思います。
小学校の時は学校教育をはじめ、「はだしのゲン」「ほたるの墓」「うしろの正面だあれ」、漫画家手塚治虫さんの漫画からも沢山学んだつもりでいましたが、やっぱり知らなかったんだと、改めて実感しました。
そして「一瞬のうちに、のうなってしもうた」という意味が、どういうことなのか
よくわっておらず、その事についてもしっかり学ぶことができました。
また、過去にNHKスペシャルだったのか記憶があいまいですが、原爆投下直後にもたらした人体への影響について詳しく解説する番組を拝聴したときに、とても恐ろしくてそのことについても改めて学ぼうと思いましたが、資料館では見つけることが来ませんでした。あったとしてもとても少なく小さかったのかもしれません。
蝋人形がなくなっていた
広島原爆資料館には蝋人形があったのですが、それがなくなっていました。
ひめゆりの塔やそういった資料館にも必ずといっていいほど存在する蝋人形。
これは当時の様子がいかに残酷で恐ろしい事だったのかというのを、感覚で体験に近い恐怖を感じとってもらいたいという意図から設置されていると思うのですが、
それが撤去されていたのはとても残念でした。
怖がらすためにあるのではなく、怖いと感じる感情がどこからきて、どこへ向わせるべきなのか
それは、年齢関係なく生きている限りその「問い」は自分の中に居続けさせるのが目的なのではないでしょうか。様々な議論の末、撤去となったと思いますので、残念ですが仕方がありません。
死は必ず訪れます、それは当然であると受け入れていますが、私達人間が最も重要視するのは、「どんな死にざまだったのか」「人として、尊厳のある死に方ができたのか」だと思います。お金持ちでも貧乏な人、健康、病気、でも最後最後に「人として尊厳をまもれたのか、守れるような死に方が出来たのか」が重要です。そういった事を無視し強引にすりつぶすかのように終わらせてしまった環境が憎い。
人を恨まず戦争を恨む
行き場のない怒りの炎がこの先も消える事無く存続すること私自身も共有生きていきたいと思います。
